とある人から見た一般的なことは、他の人からすればおかしなことであると認識される。 逆も然りで、その判断を下したことをおかしいと思う。 これが繰り返されることで発生するのが社会問題。 根本的な原因は情報処理スペックが個体によって異なることであり、 それを解決するためには法律で人を拘束するしかない。 ただ、それもやりすぎると今度は法律が悪という認識なるので絶妙なバランスを築かなければならない。 今はそれでも暴れる無敵な人が存在してそのバランスが崩壊中だ。 昔もそうだけどね。SNSの発達で異常行為を叩きやすくなった。 スシローでのキチガイ行為炎上なんかもその類だ。 他者からみれば不快なことでも、特定のローカルではそれを良しとする。 本来なら交わることもなく、見えづらい部分だったがそれも可視化された結果、社会問題となった。 見えないからやってよいということは一切なく、バレるときはバレる。 本当に間抜けな方法でね。 SNSの発達で正常性バイアスは情報処理スペックが高い人に合わせる感じとなっている。 それも正直問題なのだがそちらのほうが謎の安心感があるようだ。 不快感が小さい方に傾くので当然といえば当然か。 社会には情報処理スペックがしょぼい人がたくさんいることもしっかり学ばないといけないな。