都心の死角になるような小さな公園や、暗い高架下などには、時に奇妙なコミュニティや治安の悪化を招く集団が定着しやすい。 これは東京に限らず、大都市が抱える普遍的な課題である。

しかし、今回話題になっていた大阪駅前の広場(グラングリーン大阪の「うめきた公園」など)のように、圧倒的な開放感と「四方八方からの視線」がある空間は、自然と人間の心理にブレーキをかける。

遮るものがなく、周囲の高層ビルや歩行者から常に見られている状態。

監視カメラによるガチガチの統制ではなく、「人の目(可視化)」があることで、利用者が自然とマナーを守るようになる。

綺麗に整備された芝生の上で、人々が思い思いにリラックスしつつも、公共の場としての倫理観が緩やかに保たれている。 これこそが、現代の都市が目指すべき「居心地の良いオアシス」の姿なのだろう。

もちろん、都市の魅力には「混沌とした雑多さ」や「アジトのようなアングラ感」も含まれる。 すべてが優等生的なピカピカの空間だけになってしまっては、街の呼吸が詰まってしまうという意見も一理ある。

だが、駅前の一等地という誰もが日常的に行き交うハブにおいては、何よりもまず「圧倒的な安心感」がベースにあるべきだ。

視界が開け、光が差し込み、適度に人の目が届く空間。これからの都市の公園や広場は、単に緑を増やすだけでなく、いかにして「健やかな可視化」を生み出すかが問われている。